知の望遠鏡

文系教師と理系研究員の本の紹介を中心としたブログです。

40億年の時を動き続けるエネルギー産生機関、それが生命~「Why is Life the way it is?(邦題:生命、エネルギー、進化)」~

生命、エネルギー、進化

 生物学は現実の生物が「なぜ(Why)」そして「どのように(How)」どのように進化してきたのかを明らかにする学問だ。なので、理論的にエレガントであることよりも、現実の生物の在りようを上手く説明できる価値観が大切だと思う。

 生命の本質は何か?進化の原動力は何なのか?

本書は「エネルギーを生み出し続けるシステムとして進化してきたのが生命だ」と言っている。

これだと何のことだかサッパリだろう。

 生命活動のエネルギー源はATP(アデノシン三リン酸)だ。DNAの複製、タンパク質合成、細胞内での代謝反応、筋肉を動かすのに必要なのはATPに溜め込まれたエネルギーだ。このATPが無くなると生命活動は停止し、死に至る。よって、細胞は常にこのATPを作り続けなければならない存在と言える。では、このATPを作るためのエネルギーは何か?それが本書の核心である「化学浸透共役によるエネルギー産生」だ。

 ここで化学のおさらい。

 水素原子(H)は正電荷をもつ陽子(プロトン)と負電荷を持つ電子(エレクトロン)が1つずつセットになった原子で在り、電気的に中性、つまり、電荷は0である。水素原子から電子が放出され、陽子だけとなると正電荷を持つプロトン(H+)となる。

 全ての生命に共通する基本OSが、「化学浸透共役によるエネルギー産生」である。

 摂取した栄養素を分解して得られたエネルギーを使って、膜を越えてプロトン(H+)を汲み出し、プロトン(H+)濃度が膜外>膜内となる濃度勾配を作る。そして、膜内に埋め込まれたタンパク質のタービン(ATP合成酵素)を通って戻るプロトン(H+)の流れが、ATP合成を促すのである。多少の違いはあるものの、全ての生命はこの「化学浸透共役によるエネルギー産生」システムにより、生命活動に必要なエネルギーを得ている。

 私たち真核生物の細胞でエネルギー産生を担っているのは細胞小器官のミトコンドリアである。実はこのミトコンドリア、遙か太古に真核細胞の祖先と共生したバクテリアである。細胞小器官と化したミトコンドリアには、もはや自由はない。ミトコンドリアゲノムの99%は核ゲノムに移行しており、細胞外では生きていけない。そもそも、細胞内での分裂についても核ゲノムの厳しい管理下にある。一見すると、核ゲノムにいいようにこき使われているミトコンドリアだが、何と細胞の殺生与奪までをも握っている。これではもう細胞の主導権が核とミトコンドリアのどちらにあるのかわからなくなってくる。

 本書の中で、この不思議な共生体であるミトコンドリアと核(宿主)が絶え間なくかつ効率的にエネルギーを産生するシステムを共に構築していく過程、すなわち、共進化の過程が考察されている。また、ミトコンドリアの共生により、超高性能リアクターを手にいれた祖先真核細胞のゲノム構成、細胞内構造の劇的な進化の過程の考察も読みどころだ。

 詳細は是非とも読んでほしいのだが、「エネルギー」を中心に展開される生命進化のロジックは説得力がある。高校や大学で生命進化について勉強した内容が片っ端から上書きされていく感覚はなかなかないものだろう。 

 

余談

 ニック氏の前著『ミトコンドリアが進化を決めたみすず書房)』では、ミトコンドリアが共生したことで、生物に雄と雌の2性(性分化)が出現したことや、細胞の自殺プログラム(アポトーシス)の鍵を握る死の天使ミトコンドリアについて書かれている。こちらも読み応えバッチリなのでおすすめだ。

ミトコンドリアが進化を決めた

ミトコンドリアが進化を決めた